e時代のブランド戦略については機会を改めて論じたいが、いま確立されているブランドでも、常時新しい商品を企画したり、マーケットに新しいテーマを投げかけたりしていかなければ、いつの間にか忘れ去られてしまうことになることだけは指摘しておこう。第三の資本力について。これも相変わらず大企業の優位性を支えてはいる。が、東証マザーズ市場、大証のナスダックージャパンなど、ベンチャーへの資本市場が整いつつある。アマゾン、ヤフー、eトーイズなど、アイディアやビジネスモデルによっては従来型の大企業よりはるかに大きい資本調達ができることは実証済みである。小さくてもクリエイティブな、元気な企業にとってはけっして不利ではなくなったと言ってよい。そして、情報支配力。これこそトラフィック革命によって大企業の強みが相対化されていくものだ。もちろん、超高速のLANなどによって大企業が効率化できる余地も広がっているが、ベンチャー企業、中小企業の「小さいことによるペナルティ」は、情報に関してほとんどなくなったと言ってよい。
新しい人間のグループが生じる国境がないということを考える別のエピソードもあります。それはアダルト・エンターテインメントです。こういったものをめぐる倫理規定を、インターネット上では誰がどうやって決めるのかということです。これもインターネットの空間ゆえに起こってくる問題です。それはひいては、インターネットにつながっている、世界のコンピュータの背後にいる、世界の人類共通の倫理に関するコンセンサスは得られるのかどうかという問題です。こういった倫理規定をどうやって考えていくかということは、インターネットそのものの守備範囲からははずれるでしょう。しかしたいへん重要な意味をもっていると思います。これまでは国ごとの倫理規定というものが存在しましたが、これからはそうではなく、たとえばおよそどの国でも子どもをもっている親は、このようなものを子どもに見せたくないと思う、というような形で共通のルールなり倫理なりがつくられるかもしれません。つまりある種の倫理に関しては、国境以外のくくり方でくくられるグループ単位でコンセンサスが得られるかもしれない。いままで国境の壁の影によって隔てられていた人びとのあいだの、共通の感覚が発見されるかもしれません。
音楽配信を語る上で避けて通れないのが、著作権侵害の問題だ。デジタル化された音楽データは、インターネットを通じて簡単にやりとりできてしまう。しかし近年では、技術の進化と法整備の足並みが揃わずに、さまざまな議論を引き起こしている。特に日本では、ADSLや光ファイバーなど、ブロードバンド環境が広く整備されてきたという状況があり、1曲の音楽ファイルならものの数秒で転送可能だ。インフラに加え、「Winny」といった楽にファイルの交換を行えるファイル共有ソフト(携帯電話では、違法)も登場してきた。現行の著作権法では、購入者が自分で使うためにコンテンツをコピーする(私的複製)行為を認めているが、こうした技術の進化で、その利用範囲を超えて、インターネット経由で見知らぬ人々同士が音楽ファイルを交換するという状況が出てきてしまったのだ。