アパレル各社がSPAを始めるにあたって最大の問題は人材の確保にある。たしかに、これから競争に勝ち抜いていくには、何によりベストプレイヤーからなる強い組織を作ることが必要だ。しつこいようだがこのことは、ファッションビジネスの世界でも同じことである。アパレルからSPAを興すには、アパレルの経験者ではできない。なぜなら、アパレル経営とSPAの経営は全く異るなからである。したがってSPAをやるには異能社員が必要なのである。やはりSPAを成功させるにはスカウト以外にはむずかしいにちがいないだろう。現在のアパレル経営者が直面している問題もその点にあるように思う。物作りにしても、小売技術にしても、システムの構築にしてもそれなりの専門スタッフが必要である。ただ店だけ作ればそれですむという問題ではない。単純なようだがいかにして優秀な人材を集める力があるか否である。
バイインダオフィスは現在ニューヨークと香港の事業所が窓口だ。香港は中国からの低価格素材の調達、ニューヨークは最新トレンド情報のアンテナと素材調達。それぞれ流行のけん引役となっている。製品輸入はもっぱら中国。人材の登用の面で他社と異なるのは女性の活用だ。女性は販売経験がある人を据える。客のニーズに素早く対応できるのは店頭販売の経験者であり、そのような人たちに責任と権限を与える。SPAで重要なことはスピードと的確に物事を判断する能力である。そのためワールドと同じように社内公募による執行役員制を導入している。成果主義賃金と社内公募制による意欲ある人材の育成・活用がモラルを高めている。
大戦で軍隊に用いられたカジュアルウェアが、軍需用品放出物販売店で売られ、それらが市民にすぐに受け入れられた理由はふたつある。ひとつは高い機能性。もうひとつは、大半が、もともと市民たちが愛用していたスポーツウェア、労働着、作業着だったためだ。特別に変わったウェアではなく、スタイルもとっつきやすく、つまり現代のカジュアルの基礎は、半世紀以上も前に完成し、戦後に手が加えられたのはデザイン面だけなのだ。機能優先かデザインを優先させるかは、カジュアルウェアの命題のようなもので、それまでは、戦時は機能、平時はデザインが優先されたのだが、戦後このパターンがやや変化する。平和な時代に入り、カジュアルウェアに対するアメリカ人たちの視線が変化したためだ。当時のアメリカ人たちが求めていたウェアは、単調と誇張を排除した、軽く快適なもので、これは彼らの気分そのもので、戦争を少しでも早く忘れようとした結果である。カラフルなシャツやコットン製の短パン、ダクロンなどの軽い新素材が登場したのもこの頃で、50年代は、カジュアルなアメリカにとって、まさに気分もカジュアルな時代だった。